6月になり日々の生活が少しずつ以前のパターンに戻った来た方も多いと思います。
通勤時間帯の電車もかなり人が増えてきました。
新型コロナウィルスが現実的なものとして私たちに影響を及ぼしてきたのが
2月中旬頃とすると4か月近い時間が経ったことになります。
もうそんなに経つんですね。
その間、客船ダイヤモンド・プリンセス号やお肉券・お魚券騒動、緊急事態宣言に
特別定額給付金、その他の経済支援策などなどいろんなことがありました。
そして、たびたび首相の会見もありました。
ただ、施策の中身は脇に置いておくとして、その会見自体は言いたいことを
一方的に言って終わった感じでした。
何だか他人事のような、単なる「通達」のような。
ではなぜそう感じたのか?
それは、そもそも誰に語り掛けているのかがハッキリしていなかったからだと
思っています。
話しかけていた相手は誰? 政治家? 野党? 官僚? 国民? 日本人? 誰?
多分、相手は「国民」なのでしょう。
しかし、「誰」という対象をハッキリさせることなく話した結果、言葉が誰にも
吸収されることもなくフワフワ漂っていた感じを受けたのが正直なところでした
(もちろん私個人の感想です)。
カメラを見据えて、つまりカメラの先にいる相手を見て、たどたどしくとも(手元を
見たり、プロンプターを見ながら話すのではなく)自分の言葉で話かけていれば、
印象は全く違ったものになったでしょう。
また、もう一つ気になったのは語り掛けるべき相手の中身です。
いま日本にいるのは「日本人」や「日本国民」だけではありません。
「日本人以外の人」、「日本で働いているが日本国民ではない人」、「他国から仕事の
出張で来日中の人」、「旅行で来日中の人」など様々な人が滞在しています。
一時的に日本という異国の地にいる人たちにとって、自分達の存在を認識して
もらえているのか、非常に不安だったと思います。
自粛要請の中で一時滞在者がどのように行動すればいいのか、感染などの緊急時に
十分な対処をしてもらえるのか、分からないことも多かったのではないでしょうか。
会見の中でそれらの方たちへの言及が少しでもあれば、彼らにとって心強く感じると
共に日本への信頼感、安心感が高まったかもしれない。
そして、「日本ファン」になってまた来てくれるという好循環を生み出せたかもしれ
ません。
一連の会見は一時滞在者の方々に安心を与えられたでしょうか?
日本を気に入り、また来たいと感じてもらえたでしょうか?
ピンチとチャンスは時として表裏一体です。
会見ひとつで安心を与え、「ファン作り」につながるきっかけにもなれるのです。
ダラダラと書いてしまいましたが、お伝えしたかったことは発信する際には
相手をハッキリさせる、そして、その相手に抜け漏れはないか、気にしたい
ものです。
マイノリティや異端の立場にいる人がいれば、そこにも気を使い言及する、
声をかける、などの気遣いが大事になります。
そして、それが信頼感やファン作りにつながります。
これは経営や会社組織でも同じことです。
小さな会社や弱者であれば、尚更そんな視点をもっていたいですね。